2022年09月 優秀作品【一般】

選者選評 岡田明洋

漢字規定部(初段以上)

※作品は押すと単体で表示されます

永嶋 妙漣
二か月連続の首席。横画の押し出し見事。左手法もよし。
萩尾 惺雲
趙之謙を集字して規模雄大な作。更に抵抗感を望む。
澤森 順子
鐘謡・智永あたりの風韻を表現。入木の精神あり。
竹本 楓
やや規模が小さいが、流麗なる作品に仕上げた。
【昇段試験対策】
「鶴聲秋更高」手本の左上から説明していきましょう。唐代の欧陽詢風の書き振りです。楷書の完成期のその中でも、”楷書の極則”と言われるほど、法則的な書法をもって書かれた欧陽詢の文字を集字したのですから、画数の多い、「鶴」と「聲」を鋭利な細い線で書き、分間も緻密に取ってください。かといって、起筆と終筆ばかりに力を入れないようにしましょう。
行書は今回も米芾系の書風です。米芾の書は、苕渓詩巻や蜀素帖に多くの出典がありますので、調子を一貫させやすいですし、明清調の無理な連綿もありませんから、半紙作品には好都合です。皆さんも原本と見比べて、より米芾の書に肉迫するような意気込みを見せてください。
次に草書ですが、明清の王鐸の草書をベースにしました。「鶴聲」の二文字を一行目にやや破天荒な調子で入れてみました。半紙に三文字、二文字とオーソドックスにまとめるのではなく、「聲」をテーマにして、大胆に表現してみました。円運動を用いて紙面を圧倒するような作品をお書きください。
最後の隷書ですが、乙瑛碑、礼器碑、曹全碑の骨格を基にやや木簡隷書の意を取り入れました。「鶴」のみは、漢代の書跡に見当たらなかったものですから、清人隷書を参考にしてみました。以上四点の中から、三体を選んで出品するわけですが、平均点をあまり下げるような書体に挑戦するのではなく、日頃慣れ親しんだ書体でまとめて頂ければと思います。

[岡田明洋]

漢字規定部(特級以下)

望月 玲子
線の強さが目を引く。特に一行目の筆圧は大いによし。
大場 愛
縦長の構成美と重心の取り方に優れた力作。
【昇段試験対策】
「雲髙気静」これも左上の手本から説明していきましょう。半紙に四文字を楷書で収めるときは、鐘繇や智永のような扁平な造型のものよりは、すっくと背が高い唐代楷書を基調にした方がまとまりやすいですね。初段以上の方と同じように、欧陽詢の書き振りから集字しました。分間の整った美しさはぜひとも取り入れていただきたいところです。都会的な明快な作品を期待しています。
行書は、これも米芾・王鐸からの集字ですが、あまり奇を衒った表現をすることは避けました。連綿線を用いるところに留意し、あとは自然な流れのままに運筆するように心掛けました。墨量を多くすることで呼吸の長い線を引きましょう。「気」が少しかすれる程度で墨量のコントラストも過激なものにならないようにしましょう。
草書は王羲之系のものを集字しましたが、私の書いたものはやや平易な書き方に終始してしまった感があります。左傾はできていますが、むしろ行の立て方は様々であった方が変化が生じてよかったかもしれません。円運動を大切にしながら、虚画に意を用いて連綿線を生かすとうねりが出てくるのかもしれません。
最後は静岡県立美術館で開催された「兵馬俑と古代中国」展にも出陳されていた里耶秦簡をモチーフにして書いたものです。篆書から隷書へと移り行く造型に新たな書の世界の可能性が見いだされることを確信しています。皆さんも良かったらお書きください。

[岡田明洋]

条幅部

長野 天暁
北魏楷書の中に、左手法の線を用い強靭な作とした。
内海 理名
やや起筆の間合に問題があるが、一貫性のある作。
齊藤 睦
努力の跡が見える作。気脈が徐々に長くなっている。
山口 有美
自身の好みの書き振りに意欲的に取り組んだ秀作。
【昇段試験対策】
条幅A(六段以上の受験者の課題)の範書に書かれているものは、上段は、北魏楷書と行書、下段は草書と秦隷と呼ばれるものです、北魏楷書は、この夏よく手習いをしている爨龍顔碑の縦入筆の左手法が顔を出しています。「属・高・風」が二行目のメインのところに来ますので、どの範書であっても、豊かな書き振りになると思います。初唐楷書であっても隋代の楷書であっても、字面的には十分対応できますので、ご自身の好みの書き振りの楷書で挑戦してみてください。行書は米芾、王鐸あたりの字を集字してみました。字幅の振幅を変化させましょう。長脚の「滞」と「帰」があまり長くしすぎると格調を低くしますので、ややセーブするつもりでお書きください。最後の三字が単調にならないように注意しましょう。草書は王鐸、王羲之によりますが、あまり流れすぎないように、骨格を大切にしながら運筆してください。疎密の変化という点では、行書より草書の方が上手に書けるかもしれません。最後は篆書から隷書に移行する書体です。21世紀に入ってから、秦の時代のものがたくさん発掘されているので、表現も豹変していくのではないでしょうか。
条幅B(五段以下受験の課題)についてです。上段は、楷書と行書、下段は草書と隷書です。楷書は智永の書き振りを意識しましたが、集字できたのは「珍果満梧」の四字のみです。ですから普段勝手な書き振りと言っても良いかもしれません。伸びやかな線でお書きください。行書はほとんど米芾によります。「盤・獻・葉」などの見映えする字を少し大きめに書いてください。左傾の統一感を表現できたら良いですね。

[岡田明洋]

臨書部

鈴木 藍泉
縦画の伸びが素晴らしい。横画の起筆を蔵鋒に!
奥田 友美
まとまりのある作。特に分間を美しく区切った。
【昇段試験対策】
今月から、半紙課題として、趙孟頫の後赤壁賦が課題となります。赤壁賦は四字句で詠まれているところが多いので、選文していても苦しみます。戞然として、長鳴し、余が(舟を)掠めて(西するなり)などと、詩を区切ってしまったこと趙孟頫にお赦しを得なければなりません。それに加え、私の臨書したものが、なんとなく縦に伸びていないものになってしまったこともお詫びしなければなりません。「戞」も「長」も「鳴」ももっとスックと立った佇まいをしています。
関中本千字文の半切(条幅)臨書作品は、とても書き易かった箇所です。半切紙面上、「曰」と「力」のみが、少ない画数で、他の文字は、一字としても構築性の高い文字が並びます。千字文は「海醎河淡」やら「詩讃羔羊」など、同じ形のものが続く箇所が多いのですが、この字句はサンズイが多いものの、そのスタイルが変化に富んでいるので、とても書き易く感じました。また右払いがあまりないので文字の中心を右に流すこともなく、安心して行が立つ作品となりました。

[岡田明洋]

随意部

山田 淥苑
力づよさの中にも温和な雰囲気を表現。字粒このくらいで可。
小田 一洗
王羲之の左サイド、左上の空間の大きさを表現した作。
萩尾 惺雲
木簡から、隷書の天然なリズムを表現した佳作。
飯塚 暁美
皇甫誕碑の謹直なる臨書を真摯な姿で表現した。
【選出所感】
静岡県立美術館で開催されていた「兵馬俑と古代中国~秦漢文明の遺産~」展に8/21(日)に出掛けました。以前1984年4月~5月に静岡産業館(現 静岡産業支援センター(ツインメッセ静岡))で「中国秦・兵馬俑展」が開催されていたのですが、始皇帝のお墓から見つかった兵馬俑が発掘されたまま、隊列を整えたままの姿で展示されていたのです。それを囲むようにした回廊から見学した兵馬俑に比べると、今回の展示には、その威容は感じられないだろう、と勝手に思い込んでいました。そのような中、お弟子さんたちが、「兵馬俑展を見に行ったら、里耶秦簡がありました。」と喜んで私に教えてくれたのです。四季の書でこの頃、里耶秦簡を扱っているものですから、本物を見たと嬉々としてお話してくれるのです。それでは、私も是非出向かなければ、と思い、最終一週間前の日曜日に出掛けたのです。八簡の展示で、二玄社から出版されている里耶秦簡をより、軽やかな感じのする書風でした。あるお弟子さんは本当にかわいらしい字だと思いました。と感想を述べてくれました。本当に秦の時代の威圧感とか法治国家の厳格さ、といったものではなく、木と墨とが慣れ親しんだ柔和な表現と言ってよいかもしれません。お弟子さんに触発されて、数十年前に一度見た里耶秦簡を再び鑑賞する喜びを得ました。
選出所感にはなりませんでしたが、これも随意作品の一資料だと思い、記させていただきました。

 

※「兵馬俑と古代中国~秦漢文明の遺産~」展は、現在(2022/9/15現在)名古屋展が開催中です。11月より東京展も予定されています。
詳細は、以下公式サイトを参考ください。
https://heibayou2022-23.jp/

[岡田明洋]

実用書部

藤田 紫雲
やや筆圧が優しすぎたが、懐の広い書き振りに感心!
市川 章子
大仏さんのような不動の結体を手に入れた秀作。
【昇段試験対策】
28行ある蘭亭序も残すところあと7行となりました。前半は、さすがにお酒を召していても、謹直な面持ちでしっかりとした字形で構築されています。中ごろは、流暢な筆遣いで、懐も広く、勢いも感じられます。終盤は上書きしたり、塗りつぶしたりと感情の吐露が激しく表出されている様に思えます。その為に、筆圧がどんどんあがってきているのが紙面から伝わってきます。私の拙い臨書では、そのような王羲之の内面まで写し出すことはできませんが、若から始まる今回の八文字は、伸びやかであり、紙面を圧倒する力を表現していただければと思います。
短歌は、大河ドラマの「鎌倉殿の13人」から思いを馳せ、明治から昭和にかけて、活躍した歌人・金子薫園の和歌を書きました。「寺・鐘・鳴・秋風・満」などの美しい感じと流れるような「さやけく」「ひびく」「かまくら」が響きあうようにと思いペンを走らせました。金子薫園の和歌は平明な作風で知られています。一詠しただけで胸に打ちいってくれます。その思いを大切に自然体でお書きください。

[岡田明洋]