2021年5月 優秀作品【一般】

選者選評 岡田明洋

漢字規定部(初段以上)

※作品は押すと単体で表示されます

長野 青蘭
起筆の立てかた妙を得た。あとは肥痩を考えるべし。
澤森 順子
側筆・直筆の運動を大切にして懐の広い書き振りにした。
門田 容子
線の緩急に問題はあるものの落ち着いた作とした。
萩尾 怜奈
筆圧の変化に留意した作としたことに脱帽。
【選出所感】
前回は行書に力作がそろいましたが、それは字面による影響だったと思います。単体と複体の配置によって微妙に書きにくくなったりするものです
今回嬉しかったのは、各体にばらけて選出できたことです。同じ書体で数点ずつ候補作を選び、その中から絞り出すという緊張感のある審査でした。隷書出品者は水平・垂直・扁平の原則を理解したうえで、石碑系統の表現、木簡系統の表現と各々が工夫して表現されていました。当然のことながら、変化の書体である行書・草書に取り組まれた方は数的にも多く、質の高いものでした。墨量・緩急の変化により個性が表出します。今後も線の鍛錬に励んでいただければと思います。馬王堆の範書を見て書かれた方も沢山おり、筆者としては心強い限りです。中国で50年ほど前に発見された帛に書かれた文字に関心を持っていただけること、一書学者として嬉しい限りです。北魏楷書、唐代楷書にも力作が多数あったことを付け加えておきます。

漢字規定部(特級以下)

河合 紀子
2月連続のスマホ版、前回より滑らかな運動。大佳
井口 義久
草書に対して真摯な作。実直な線が魅力です。
【選出所感】
義久さんは「床の間にかけてある軸物の草書を読むことが出来るようになりたい。」という明解な思いで何年も私のところに通ってきている方で、一通り千字文の臨書をこなして、その後は半切に禅語や漢詩を書いている方です。
それ以外の方は、ほとんどが楷書か隷書での出品です。このクラスの方は、まずは、お手本をしっかりとみて、入筆角度、線の太さ、長さ、空間の広狭を掴み取ることです。書き終わったら、自分の作品の一字ごとの重心がどこにあるかをチェックしてください。左右の重心があまりにずれていると、一字一字はよくても、全体感が損なわれてしまいます。偏と旁のある字では、左下の一番下の線から、右に水平の線を引きます。そして、その位置関係をチェックしましょう。「時」ですと、「日」の左端の横画と「寺」の点の位置は水平になっていれば、私と同じですが、点が下の方は字形が少し違っているということになります。このようにして自己チェックをしてみてください。

条幅部

鈴木 藍泉
呉昌碩の行書を集字しての創作。鉄筆の如き線大いに佳。
小田 一洗
皇甫誕碑に、日頃習っている張猛龍碑が加味された秀作。
伏見 桃苑
流暢な運筆で、長条幅の様式を見事に再現した。
竹本 聖
北魏楷書を用いて、練習ごとに線が重厚なものとなった。
【選出所感】
「一枕の鳥聲残夢の裡 半窓の花影獨吟の中」という七言二句は、私が大学1年の時、謙慎書道展に出品した際に青山杉雨先生からいただいた謙慎サイズのお手本の詩句です。もう45年も前のことですが、今でもスッと出てくる詩句です。私が公募展出品をするにあたって頂いた唯一のお手本だったからです。2年生の時、私は青山杉雨先生の木簡作品に憧れていたものですから、そのようなものを創作したく思い、あろうことか、青山先生に「一人でやらせてください。」とお手本をお願いしなかったのです。叱責を受けるかと思っていたのですが、「アァ、イイヨ。」勇んで創作に励みましたが、そんなに思うように書ける訳がありません。毎回毎回えらく怒鳴られました。挙句の果てに最終日には、縦サイズを四方形の紙に書き改めて書いたものですから、先生のお怒りは怒髪天を衝くものでした。結果は散々たるものでした。
私の書家人生の最初の1ページの思い出の詩句です。条幅を書くにあたっては、これくらいの気概が欲しいものです。

臨書部

内海 理名
臨書ながら、半紙作品の仕上げ方に留意した秀作。
増田 文子
やや小粒ながらも、抑揚の変化に留意したオシャレな作。
【選出所感】
字形の単純な字と複雑な字が左右にならぶような配字でしたから、とても書きやすかったのではないでしょうか。初スマホ版の文子さんは、小粒な字ですが、余白も綺麗でオシャレな書き振りでした。
芳泉さん、字形よく肥痩に留意されていました。錦流さん、無理のない自然な書き振りでした。玲扇さん形臨を心掛け、無の境地で臨書しました。平吉さん、無為自然な作。紀子さん、温和がにじみ出た作。蓮㳺さん、自由闊達な筆さばき。
1回目の臨蘭亭序ですが、多くの方がスマホ版の候補にあがりました。神龍半切本は唐代の馮承素(ふうしょうそ)の模本と伝えられているものです。無理のない字形の整え方、画と画との連綿の仕方など、この伸びやかな模本をご覧になって身につけてほしいものです。右下の画から真上に線を引き、右上に張り出した画と右下の画を結ぶと三角形ができますね。例えば、「流」の右下のはらいと、旁の一画目の横画を結ぶと三角形ができます。その三角形が原帖と相似形になっているかチェックしましょう。

随意部

瀧 芳泉
王鐸の巻子を臨しての秀作。運筆自在な境地を目指そう。
鈴木 藍泉
呉昌碩の平易な表現を試みた。更に粘性を強くしたい。
宮﨑 蓮
もっと肥痩があっても良いが、左傾を巧みに表現した。
大村 玲扇
空海の書に対する意欲を買います。王・顔の違いに留意すべし。
【選出所感】
随意部というより、自由臨書部という感じになってきました。とてもいい傾向だと思います。古典と触れ合い自分を知ることにつながれば、書の楽しみは限りなく深いものになると思います。スマホ版は王鐸巻子本、呉昌碩尺牘、王羲之喪乱帖、空海風信帖の臨書です。同じ行書といえども、随分と書き方は違います。選外を見てみましても、①金文②秦隷・馬王堆③居延漢簡④敦煌漢簡⑤漢の石碑⑥王羲之系行書⑦宋代行書⑧張猛龍碑など北魏楷書⑨隋・唐の楷書とグループ分けが出来ました。各自が自分の好きな書体を見つけて、その古典の臨書に向かってお話するつもりで書いたらどうでしょうか。この一本の線を引くときは、筆はどの方向から入ったらいいですか?と問うと古典の方は、下から毛先を巻き込むようにして入ればいいのだよと答えてくれるはずです。好きな方とお話するつもりで古典と接してみてください。

実用書部

伏見 桃苑
いつもながらの落ち着きのある実用書。お手紙を書こう!
和田 平吉
一本一本の線に、真摯な心持ちが汲み取れます。
【選出所感】
実用書部、昇段試験の課題のお手本を書いています。和歌二首は、二つとも若山牧水の和歌です。牧水は静岡に関係の深い方ですし、国語の教科書にもよく採用され、多くの方に広く親しまれているからです。当然、活字から起こしますが、まずは手慣れた鉛筆でゆっくり形を意識しながら草稿をつくります。何か不自然なところ、しっくりといかないところは、宮澤正明先生の「常用漢字・書きかた字典」で調べます。全部を調べても良いのですが、ある程度は、長年書いている脳内文字を信じても良いのではないかとうそぶいています。鉛筆書きの上に赤鉛筆で訂正書きをして、連綿線を用いたり、文字の大小をつけたりして、草稿を作り直します。毛筆作品を作るときと同じで、草稿がしっかりしていないと、なかなか上手くいきません。蘭亭序も、私は鉛筆で線の強弱を意識しながらゆっくり臨書してから、ペン字やら、毛筆やらで臨書します。普段慣れ親しんだ、にじむことのない用具が骨格を表現できると思います。